小林麻美 Artist Statement

 主に油彩による絵画表現を続けてきました。「その時(私には)こんな風に見えたのだ」という意思や時間性を示唆的にすること、またさらに私が目にした景色・時間・肌触り・などを鑑賞者と共有したいという意識を持って制作をしています。

 私は絵画を「他人の目と感情を借りられるもの」であると思っています。同じ世界を生きながらも、私たちは違う世界を体験し、人の数だけ違う世界の見え方があります。だからこそ、美しいものや様々な感情が交差する事の稀有さ、愛おしさに心揺さぶられるのではないでしょうか。絵画は(私の制作方法によってはとりたてて)その時の論理的な思考やコンセプトとは全く別の次元で、言い換えれば本人の抑制の全く届かない次元で、俯瞰した視点から、その時の自分の状況が刻まれ得るものです。未だ自分が理解していないその時の状況、置かれていた状況を内包したまま、完成に向かうことができるプリミティブで不確定性を伴ったまま表現ができるということが、私を惹きつけています。

 自分も理解できていないことを表現に昇華する、ということは非常に困難ではあるけれども、私はその絵画の特性ともいうべき部分を削ぎ落としてしまわないように制作をしたいと思っています。言語以前の何ものかを含めたまま、知らない人の見渡している世界を体験することができるのは、私にとっては非常に刺激的なことです。そしてそれが、私が求めている制作活動がもたらす何らかの効果です。

 自分の表現手段に関して、以上のようなことを考えながら、自分と世界の関わりを表現したいという思いで表現活動をしてきましたが、描いてきた対象は、何気ない日常のひと時です。その景色を前にして描きたいという衝動が起こる、その原因を探ることが、ここ数年の活動の礎となっています。「自分が今、ここに生きている」という実感をくれるものは、日常を過ごす中で出逢う「崩すことのできない完ぺきな状況」として、私に突き刺さってきます。それらはいつも世界に自分を成立させている根幹を感じさせてくれるもの、です。その景色との出会い方、それから私がその時どんな体験をしてその対象に惹きこまれていったのかということ、そのような出来事とその周辺の時間的な前後を描くことができたら、と思っています。